GWもそろそろ終わり。ほぼ予定のない長期連休であったが故にいろいろと考えさせられることが多かったのでその想念を書いてみる。
グッバイ秋田
実家を飛び出してから約1年。今はなんの縁もゆかりもない茨城の片隅で工場作業に励んでいる。ここに来たのには特に理由もないが、強いてあげるなら秋田より住みやすいのが主な理由である。
当初の予定では1年ぐらいで切り上げて、また他の土地にさすらうつもりだったのだが、切り上げるタイミングがわからずダラダラしていたらもうその時が来てしまった。いつまで茨城に滞在するのか、その答えは未だ保留中である。
未開の地に放り出される生き方について
前述のとおり、現在住んでいる茨城という地は派遣会社の案内でテキトーに選んだだけなので、職場を除けば知り合いは一人として存在しない。おまけに仕事は残業が多くて、不規則な2交代制シフトなのでより一層プライベートは希薄になっていく。
そんなこんなでこの長期連休。プライベートがなかったかと思いきや突然膨大な時間を与えられたのだが、案の定よくわからないまま過ぎ去ってしまったような気がする。
もちろん一人なのでふとした瞬間なにやら深淵な気分になることが多かった。多忙にかまけていられた分もしかしたら仕事に助けられていたのかもしれない。閑暇な一人の時間が少々重荷になっているのに気が付いた。
これまで趣味だったオンラインゲームも辞め、少し前に暇なので副業でもやってみようかと思いたったがそれも一向にやる気が起きないので中途半端に手を出して辞めてしまった。
ギャンブルはやらない。風俗も行かない。酒も(ほとんど)飲まない。動画や配信も(そんなに)みない。
あまりにも無の時間が多かったので自転車でうろうろしたり、本を読んだり、それに飽きたらペン字練習帳をひたすらなぞり続けたりしていた。
獄中でひたすら写経に励む囚人はこんな気分なんだろうか。
以前の職場で45~6で独身の先輩に
「連休は地元に帰るんですか?」
と聞いたら
「いやぁ~帰んねぇかな。帰っても周りは結婚してて誰も遊んでくれねぇし、実家にいてもすることねぇしな」
との返答。
なるほど、僕は少しその境地にいたるのが早かったのかもしれない。
こちらの場合は20歳くらいのときに携帯を落として壊してしまい、それまでの連絡先を吹き飛ばしたのが原因で、地元の友人とはそれ以来連絡をとっていない。
ふと小学生のときに聴いたカントリーロードを思い出す。
この道 故郷へつづいても
僕は 行かないさ 行けない
当時よく分からなかったこの歌詞の深さが紆余曲折して27歳の自分に染み渡るとは思ってもみなかった。出稼ぎ派遣労働者に向けた曲ではないと思うが。
10年後も同じようなことをしているのだろうか。今こうして未来に思いを馳せると途端にげんなりしてきたので考えるのを辞めた。
なぜか最近目にしたマキアヴェッリの語録にて締める。
古の歴史家たちは、こういっている。
人間というものは恵まれていなければ悩み、恵まれていたらいたで退屈する。そしてこの性向からは、同じ結果が生ずるのだ、と。