あんぽんたんの日記

四半世紀生きました

自己啓発本は人生の攻略本なのか

現在「自己啓発本」というワードに好印象を持っている人は少ないだろう。

あらゆるところで内容の薄さが批判されていて、紙媒体のエナジードリンクだとか、校長先生の落書きだとか、高級な便所紙だとか、言われたい放題である。

しかし、ここまでこき下ろされておきながら、未だ死滅することのないジャンルとして確立されていることも確かなのである。

かつて僕自身もこの手の自己啓発本にハマっていたことがあり、最初に読んだのは小学校高学年のときだった。親がこの手の本をよく読んでいて、本棚に鎮座しているそれを何気なくめくっていたのだが、人生の成功を約束する文言は当時の僕のふやふやな頭にダイレクトに突き刺さったこうして、10歳そこそこでこの世の真理を知ったような気がしていた僕の頭の中はアンパンマンよりも単純であった。

その単細胞っぷりを思い出すのでしばらくの間、自己啓発アレルギーを発症していたのだが、この度その内容を直に研究するべく、世論よりも己の目で自己啓発本を刮目してみることにしたのである。

自己啓発の台頭

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初心に帰るべく、この言葉の意味をたどると読んで字のごとく「己を高める本」という意味である。そのまま意味を受け取るなら古典にも自己啓発本に該当するものは多い。

しかし今回は、多くの人が想像するであろう現代のビジネスパーソンに視点を向けたものを取り上げる。カバーか帯にデカデカと筆者の顔が写っているのが目印である。

これらの起源をたどれば1990年代~2000年代に自己啓発セミナー、新興宗教と時を同じくして流行したのが引き金となり、以後少しづつ形を変えて現在に至っている。それまで重んじられていた文化、教養といったものよりも、成功や幸福を重視しはじめる時代の流れが読み取れる。

 

あと、これは僕の偏見なのだが、自己啓発本をよく読む人は真面目な人が多いような気がする。真面目な人ほど明瞭な「答え」を求めがちだからであろうか?。

自己啓発に求めるもの

ここで、そもそも自己啓発本を手に取る動機について考えてみる。

近代化した人間が好きなキーワードは有用性即効性である。要するに、すぐに役に立つことが重要なのだ。多くの場合、役に立つとは、金を儲けることであり、人間関係を円滑にすることであり、仕事で成功することであり、恋愛を成就させることである。

これを踏まえると、古典や小説は「コスパ」が悪い。これらを読んだところで金になるかと言われれば必ずしもそうではないし、日常会話のネタにするならテレビやネットのほうが明らかに役に立つ。美しい文体や奇想天外なシナリオに感動する感性は、とくに生活を豊かにするわけではない。

そこで自己啓発本を見てみると、たしかに役に立ちそうな感じがする。あくまで内容は成功と幸福に関する抽象論だが、求めるものに対する答え、及びその道筋が示されているのである。試験対策には参考書を読むように、人生対策には自己啓発と言わんばかりの内容がてんこ盛りにされている。

 

直近で僕がたまたま見た本の内容は、現代人の頭の形にフィットした悩みと欲望をSEO対策するがごとき勢いで羅列し、デカ文字で不安を煽り、世間知にのっとった無難なアドバイスが授けられるものだった。どこぞのnoteがさまよって本屋に漂流してきたかのような印象を受けた。

悪いものでもない

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しかし、ボロクソに叩かれている割には、読んでみてそこまで悪いものでもないと思った。これを読んで明るく前向きになれるのであれば特に責められるようなものでもないだろう。それっぽい雰囲気を醸し出す技術に関してはなかなか興味深いものがある。

ものによっては、ジャンプの主人公を目指すかのごとき内容の本まであり、微笑ましいとすら思えてきた。多分作者の座右の銘は、友情、努力、勝利なのだろう。

 

宗教のようで気味が悪いという意見もあるが、実際問題、聖書や歎異抄のような宗教の原典は現に誰かを救っているので別に忌避することでもない。

ただ、自己啓発本を熟読して感化された人に、全能感を漂わせながら説教をされたら鬱陶しいかもしれないとは思った。

自己啓発に対する疑問

ところで、読んでいて疑問符が残る内容が多いことも確かなので、そのわだかまりを以下にまとめてみる。

成功について

ほとんどの社会的な成功は、誰かの失敗を意味することでもある。受験、入社試験、社内競争、マーケットビジネス、あらゆる賞や大会での入賞。そして、これらを勝ち取るということは、誰かの席をもぎ取ることなのだ。成功を目指すのは個人の勝手だが、競争に固執すればするほど結果のみを重視する単純な脳みそが出来上がりそうだと思った。

偶発性について

極端な話が、日本の大学受験生のうちの誰かは絶対に東大生になるし、アメリカのIT起業家を全員競わせれば誰かはビル・ゲイツになるのである

そうしたあらゆる頂点の人間を引き合いに出して物事を語っているのは、すこし嘘くさい。起業して成功した者はチャレンジ精神豊富な人が多いかもしれないが、それは起業して破産した人を調べても同じような傾向があるだろう。掘り下げてみると単なる結果論である。

彼らの能力が高いことは間違いないのだが、その結果を得るまでの要素はとても言語だけで説明できるような代物ではない。おびただしいほどの因果関係と、とても見渡すことのできない要因が絡み合って結果は発生するのであって、どうもその複雑さを説明しているようには見えなかった。

 

ちなみに、成功に関する考察で参考になった本がこちら。

投資家と書いてあるのだが、内容は個々人の成功と運に対する考察も含まれていて、とてもおもしろい。

 

この動画が結論です。

【公式】芸人やめてぇな #8「自己啓発本を書きてぇな」中山功太 - YouTube